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地表店

私の不思議体験記

第四話 「幹を正せ」の意味は?


2001年の11月の上旬の事です。私が毎日早朝おまじないをしている時に脳裏に【幹を正せ】の言葉が強く浮かびました。
私は考えました。「幹」って何だ・・「正せ」とは?そんなこんな考えているうちに、ひょっとしたら、今の自分のいるこのこの場所が、この枝先ってことではないかとわかってきました。すると「幹」とは、私の生まれ故郷の事を指すのではないか?と考えました。

かくいう私も、小さい頃から父親との縁がとても悪く。事あるごとに私は父親と口げんかしていました。
中国地方に移転する前は関東にある自宅に住んでいました。
父親と最後に大喧嘩したのは3年前、それよりそのときに「お願いだから死んでくれ・・」と言われた事から、完全に切れ、二度と実家などに帰るものか・・と出てきたものです。

ですから、ひょつとしたら、その小さい頃から父親と争って曲がった生き方をしてきた自分を元から正しなさい・・って言うことかと推測しました。
しかし・・啖呵をきって出てきた以上、これほど精神的に辛いものはありません。
この気持ちは、同じ事をやってきた人なら私の気持ちは痛いほどわかる事でしょう。

仕事は雇われの身から完全に自営業に乗り換えたために、地元の会社関係とは関係が完全に断ち切れたので、今の時点で移転する事はできなくは無いと考えました。
だけど、今までの大喧嘩の経緯が精神的な抵抗となって、その事は親や兄弟にはこの事は言い出せなかったのです。

そんな当日の昼ごろ、借家の大家が来て「足が悪くなって息子に面倒見てもらいたいから息子夫婦と一緒にここに住みたい。だから悪いが出て行ってもらえないか?」といきなり言われました。

唖然とする私・・ここを追い出されたらどこへ行っていいのやら・・困ってしまいました。
そして夕方の事です。何年かぶりに私の妹がはるばる実家から電話をかけてきました。
「親父もお袋ももうろくして、腰が曲がって足も悪くなってボケも進んでいる。兄さんは家を出ちゃって絶対に帰らないって言っているし、私も○○町と○○市に店を持っているから実家の本店の面倒を見られないし、こっちに帰ってきて親父とお袋を助けてやってもらえないか・・」との電話。

この本日の三つの出来事は何か大いなる生命の導きなのか?
なんか、両親に抱いていた憎しみなどの思いが溶けていくような思いでした。
この時は涙が出ました。妹に対し、早朝の幹を正せ】の言葉の体験を話し、すぐに承諾しました。

この後は、短期間で恐ろしいまでの速度で移転の手続きがうまく行ったのです。
両親の承諾、兄弟の承諾、荷物の扱い、移転先の店と居住場所・・・・。
一番心配したのがインターネット網でした。中国地方では○○ケーブルビジョンがインターネットサービスをケーブルテレビを使ってプロバイダをしていました。

しかし、関東地方でどこにいてもテレビの移りは良いので、ケーブルテレビジョン会社は存在しなかったのです。
それで真剣にインターネットで探したら、当時○フーが8Mbpsの高速の直結型ブロードバンドADSLサービスを始めていたことがわかりました。
フレッツADSLのようにダイヤルインの必要ないADSLブロードバンドです。さらに「春からインターネット電話サービスも月々390円で始める」とかで飛びついてしまいました。

この電話の移転とADSLのスタートまでたった2週間で設置が終わってしまいました。
店の方で実測したら7Mbpsです。ケーブルインターネットの120倍の速度に感激してしまいました。何時間もかかっていた大容量ダウン ロードも数分になりました。
これらの移転が終わったのが12月4日でした。

この地は私が高校三年の17才の時まで住んでいた町。今から思うと、ほんのちょっぴり昔のことなんだけど・・もう27年もたってしまっていました。
明日は、懐かしい地元でも見て回ろうかな・・と思っていました。
ところがその翌日から大惨事の連発です。

翌日、実家のビルのカーポートが水漏れ騒ぎを起こして、私の出番・・。
あっちこっち天井や壁を剥いで調べたけど原因不明のうちにその漏水は止まってしまいました。
その翌日、今度はビルの二階にあるテナントの点検穴から首を突っ込んで調べていたところ・・急に下水本管が破れて滝のような水が二階の店内に落ちました。もちろん私はもろにその冷たい水を12月の寒い日に浴びました。

推定する水の量は約2tと思われます。風呂水の7倍位の量ですね。
あまりの量に、水道管が破裂して・・とか、誰かが大量の水をどこかで故意に流しているのでは・・とも考え探し回ったがそんな気配はまったくありませんでした。
そんなことしている間に、テナントの換気扇や照明や天井壁が脱落、一階のテナントも床が盛り上がる被害となりました。

この後は、雪の降る外で、ずぶぬれになった私に延々と親父の事情聴衆と全然無関係なビルの補修についての話のオマケ付・・
さらに・・ずぶぬれて寒さで凍えててファンヒーターにしがみついている時に、母親が来て「なんでこんなに暑くしているの・・換気しなさい」とかいって窓を全開にし、出入り口まで開放してくれました。・・・なんちゅー親や・・・

その翌日は、二階にあるテナントのホールにある水道の本管がパンク騒ぎ・・
もうえーかげんにしてくれ・・・。本管の大元を閉めてこれは私の手に負えないので業者にレスキュー・・。

その日のうちに、浄化と御霊鎮めをおこなった結果、この一連の事件は幕を閉じました。
幕を閉じてから冷静に考えてみて、何か大いなる生命が、私の便宜を図って帰ることを促進させたこと、帰った翌日からの事件の連続・・私が、呼ばれた理由がこれでわかったのです。
このビルは、私が来るまでこらえてくれていたんだなぁーって思いました。

私は、今までの自分の謝った生き方をしてきた自分を反省し、親孝行して幹を正しい変えて行きたいと深く考えます。
皆様の中に、もし私と同じ経験をした方が居られましたら、どうか幹は間違っていなかったか・・そして今の自分は曲がり曲がって分岐してきた一番細い枝の先端ではないだろうか・・って振り返って考えていただけると大変嬉しく思います。